ブログを始めるに当たって、避けては通れない「自己顕示欲」について書こうと思う。
 
そうなのである。
この世の中に個人の自己顕示欲がまったく無い文章など無いのかもしれないね。
あるとすればそれは無機質な広告の様な物なのだろう。
自己顕示欲とか、自意識過剰な物を見ると、見てるこっちが恥ずかしくなる、っと今まで思っていたし、なるべくそういった状態におちいらないようにと気を付けてきた様な所があったが、それじゃ何も始まらないというのも事実。
web上に日記の様な物を公開するブログって言う物を立ち上げた時点で自己顕示欲、自意識って言うのは絶対について廻る。
突き詰めて考えれば・・・。
 
けれどもそれがブログって言う物だし、
ブログという物の性質上、否、インターネットという物の性質上、
避けては通れない感覚で、そもそも、それが良いんじゃないか!
っていう風に考えることもできる。
少なくとも1アーティストとしてポジティブに考えるなら、
そうあるべきだし、そういう人を応援したいとも思う。
 
たとえアーティストでなくても、そういったいろんな人の自意識が垣間見れるからこそ、ブログって面白いんだ。
 
ブログを立ち上げたことに関して、ずっとその辺の事が正直、引っかかっていた。
記事を書いている自分と、
「誰に対して何の為に書いてるんだ?」
「誰に言ってんだ?誰に!?」
という疑問をぶつけてくる自分との戦いがあった。
 
まぁ、その辺は何も考えないで書くのが一番だ。
ブログ精神衛生上。w
 
一人称問題にしろ、今回の疑問にしろ、
その辺の所でまだウダウダ言ってるようじゃ、
表現者としてはまだまだ未熟なのだなぁと我ながら思った。
とっくに克服していなければならない問題なのだろう。と。
利根川語録、自分は特別



ー追記ー

自意識過剰と言えば、よくミュージシャンで、
アイドルって訳でもないのに、自分の顔をアルバムジャケットにしている人
(bjorkとかACOとか椎名林檎とか)を見て、
「なんかこの人、自意識が強くて恥ずかしい人だなぁ」
なんて思っていたが、
それがアーティストってモノだし、それが出来なくてどうする?
それをどのように表現できているかが、その人の才能という重要な資質の一つなのだ。
という風に最近は思う。
逆に言ったら、それが出来ない者、すなわち才能が無い。
といったら言い過ぎであろうか?

確かにかっこ悪いことなのだ。自意識を他人に見透かされると言うことは。

けれども、その恥をかきたくないが故に、クールを装う人、
何も行動に起こせないでいる人、
そんな風に斜に構えている人(過去の自分自身)とかの方が
よっぽど恥ずかしいと、最近は思えるようになったのです。

よく、「成功するためには沢山恥をかけ!」
っていう人いますけど、
その恥って言うのはそういった事も含めた
「がんばっている所を人に見られる」
ということなのかもしれないね。

俺、結局ビョークもACOも大ファンだしな・・。