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「見立てを立てる」とは、
コレをソレにしますと決めること
コレはコウであると決定すること
多くの人々が認識を共有することにより、
ソレは決定された通りの存在となる。
 
例えば、「ハンカチ」は「ハンカチ」と認識された時点で
「ハンカチ」という存在になる。
これが「雑巾」と認識された場合は「雑巾」として扱われるようになる。
 
ここまでは当たり前の話。
 
けれども見立てというのは物理的な物に対してのみ行われるわけではない。
占術の世界では「運勢が立ち上がる」という言葉があるらしい。
これは、「そうなる」と占われる事によって、
始めてその人の人生が立ち上がり、本当に「そうなる」という考え。
つまり一度も占術家に占ってもらった事が無い人は、
そもそも良い運勢も悪い運勢も存在しないという事になる。
見立てが成されていないのだ。
 
物理的な事柄から遠ざかれば遠ざかる程、(宗教的な取り決めなど)
その見立ての「認識の為の演出」として
儀式の規模や複雑さは極まり、
意図的にそうすることによって現実味を増加させる。
 
そういうのはどうかと思うけども、
とにかく見立てを立てる、もしくは立てられるというのは
大事な事だけに、注意していかなければならないと思うのです。
 
こういった事は姓名判断とかにも言える事なのだと思うのですよ。
 
例えば、ここに一枚の布があるとする。
この布の材質が先天的な能力。
つまりポテンシャルと言われるもの。
綿なのか絹なのかポリエステルなのか?
この布を半分に切って2枚にする。
片方を「ハンカチ」と名付ける。(見立てる)
もう片方を「雑巾」と名付ける。(見立てる)
同じ布でも、その後の扱われ方はおのずと差が出る。
 
人も、その人のポテンシャルに見合った「正しい見立て(名前)」が
なされなければいけないんじゃないだろうか?
 
 
「見立てを立てる」とは、
占術用語である。  ?