以前「管理人が覚えた言葉」のコーナーの中で、→
「セレクティブビジョン」と言う言葉について記したが、
この脳のセレクティブな機能と言うのは結構いろんな人や場面、事柄に当てはめることが出来る。
裾野を広げて言えば、
人は、「自分の理解の範疇を超えたことに関しては、自分の中にある情報を使って、
自分のわかる範囲で自分にとって都合のいいように置き換えて認識する」
という事が言えると思う。
その人は分かったような気になっていても、
実は解釈の仕方を180度も捻じ曲げていることが往々にしてある。
だからそういった状況に陥っている時、またはそういった状況にある人に対し、
理解してもらおうとして、あの手この手で論法を変えて伝えようとしてもそれは無駄である。
言った所でまたその人の範疇にあるその人にとって都合のいい解釈の仕方しかされないからだ。
そして始末が悪いのはその人自身は「全て理解出来た気になっている」ということだ・・。
誰しもそういった傾向はあると思うが、
その傾向の癖が強い人と言うのが居る。
暖簾に腕押しとはこういうことを言う。または「ぬかに釘」。
人と話をしていると、時々そういった感覚に襲われる。
「いや・・そういうことじゃないんだけどなぁ〜・・。」
って、よく心の中で思っている。俺。
その結果、「あまり余分な事は言わないようにしよう・・。」
と言う発想に繋がり、無口になる。
けれどもやっぱり伝えたい・・
誤解されたくないし・・
と言う感情に駆られ説明し、
またすれ違う。
それが言葉を持った「人間」の営みと言うものか・・?
今、この文章を読んで、
「分かる、分かる・・その感覚・・」
とか思ってるお前の事だよ!
コミニケーション万歳!





