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今更かも知れないけれど、指揮者と言うのは、ただリズムに合わせて指揮棒を振っているだけの人、と言うわけではない。
いや、むしろ最も重要な役割を果たしている人なのである。

指揮者と映画監督、その他監督業はその役割が似ている。

映画監督は、まず脚本とか原作があって、それをどう解釈するか?という事から始まる。同じストーリーを読んでも、人によって解釈に違いが出る。極端に言えば、その同じ脚本を読んでも、「悲しい話だ」と感じる人もいれば、「希望に満ちた話だ」と感じる人もいる。皆がそれぞれの解釈の仕方で演じたり動いたりするとナカナカうまく行かない。完成した作品も何が言いたいのか分からない物になりかねない。そこで監督が、「この作品は悲しい話なのだ!」と決め、皆はその感性に従い動く。そしてその自分が決めたセンスから外にはみ出さないように皆を統制する。
だから例えば映画監督なら、ただ椅子に座って「アクション!」「カット!」と言っているだけの、誰でも出来る仕事、というわけではないのだ。全体の方向性を決める絶対的なセンスと影響力を持ち合わせていなければならない。

クラシック音楽の指揮者も、既にある楽譜(曲)をどう解釈し他の人にも分からせるのかと言う点において、映画監督と殆ど同じ大切な役割を果たしていると言える。


けれども、やっぱりやっていることはリズムに合わせて指揮棒を振っているだけじゃないか!?っと思う人も居るかもしれない。
そんな人には次の言葉をもって説明したい。
名指揮者カラヤンは、指揮者の役割について、次の様に答えている。

「あなた方は真っすぐな道を車で運転する時に、ハンドルにはまったく手を触れないで運転しますか?そうではないでしょう?微妙にハンドルを操作して車の位置を維持するでしょう? 私がしていることは大体そういうことなのです。」

 

 

ー追記ー

そういえば、確かフランス語で指揮者というのは
「シェフ・ドゥ・オーケストラ」と言うんじゃなかっただろうか?

なるほど指揮者と言うのは料理人にも似ているのかもしれないですね。