破壊王、橋本真也みたいになったね・・。
と君が言ったから、
今日は橋本記念日・・・。
そのお返しではないのですが、
昨日、マトリックスに出てくるエージェントスミスみたいな人が仕事の出張の関係で東京に来ていたので久しぶりに会って会食。
いやぁ〜
久しぶりに人間と話しました。
たまにはこういうことが無いとやはりいけませんね。
無事に御帰宅されましたでしょうか?
私は無事に帰りましたよ!
ニュースにて、
NHKや民間テレビ局などが、今話題の米国の動画投稿サイト「YouTube」に対し、投稿動画の削除要請を集中的に行い、この間に計2万9549のファイルが削除されたと発表した、との事だが・・・
来るべきユビキタス社会がどうとか、
WEB2,0の時代だからどうのこうのというような事を言い出すつもりはないのだけれど、これからのインターネットのあり方について、「動画の著作権」と言う視点から考えてみると、NHKなど日本のその他テレビ局がこの問題に目くじらを立てて血眼(ちまなこ)になってYOUTUBEにある動画の削除をしたって始まらないと思う。
何かそういった問題に対する視点を変えなければ”いたちごっこ”の様相を呈していくだけだと思うし、何処か時代錯誤な対策のような気がする。
かと言って、ではどうしたらよいのかと言う事も難しい問題で、ここで言っても始まらないが、インターネットと言う物が普及し、ネットワークを通じて様々なデータ、情報が自由に観閲出来るような時代になった時点で、こういった問題が来ることは目に見えていた事だと思う。
それを今更になって昔ながらの方法、概念で対処療法的に対処しても仕方がないのではないか?
例えば画像データと言う物は、「無断持ち出し禁止!」などと銘打たれていても、
事実上フリーであり続けてきた。
PCの性能が上がり、
大きなデータが自由に往来できるようになれば、当然、画像データのように殆どフリーで動画も観閲できるようになる「時代」になるのは必然のように思う。
そう。結局の話、これは「そういう時代になった」と言う事なのだと思う。
それに対して、NHKなどがとりあえずなのかもしれないが現在行っている削除要請という動きは、「時代」に逆らった事であり、どこか的外れな対策のように思えてならない。
これからの時代は、動画データも皆で共有していく時代、シェアしていく時代なのではなかろうか?
情報をシェアすると言うのは、人類の平和な発展にとって大きな意味があることだと思う。
この問題に対し、一番先頭を切ってヒステリックに削除要請をしているのはNHKのようだが、そもそもNHKなどは特に情報をアーカイブとして開示していくべき機関なのではないだろうか?
・・・ていうか、
僕がやり始めたもう一つのブログが、
せっかく更新しても削除されてリンク切れしてしまうため、
ムカついてこの記事書いただけですが・・。
特にNHKの番組が削除されちまうんだよね・・。
なんとかならんもんかなぁ〜
元々インターネットは、情報を繋ぐ脳の神経細胞の仕組みと非常に酷似していると言えるが、まず、YouTubeのような大きな情報のターミナルがあり、
その巨大ターミナルに小さなターミナルが繋がっており、
その小さなターミナルから更に末端に情報がつながっていくと言う様は生物の脳の仕組みそのもので、YouTubeに対して、そこから拾ってきた情報を紹介するサイトの存在意義は実に自然で必然的に出来ていると思う。
新しい対策を打つべき!と言うよりは、
何か新しい概念を皆が持っていくべき!という問題なのだろうと思う。
いたちごっこの対処療法は論外である。
来るべきユビキタス社会の為にもね・・。
livedoor ニュース
基本的に、「壊れなければ捨てられない!」
という感性で生きていて、
そういうのを今の時代、貧乏性とか言うのかもしれないけど、壊れていないものを捨てる時、まだ使えるものを捨てる時、なんだか妙な罪悪感があるという、最後の世代?・・・だと思います。僕。
こういう問題に日常の中で最も多く直面するのは「服」だと思うのだけれど、
・・・確かにずっと昔に買った服、
「まだどこもほつれてない!」
とか、
「まだ少ししかほつれてない!」
などの理由でくだらない服が溜まってしまっている、
そんな負け組みの自分が嫌になってしまう今日この頃ですが、
「まだ部屋着として着れる!」
といった本当にみっともない貧乏性な理由でアライブする服も多々あり、
もう本当に、部屋の中がボロ着でいっぱいとです。orz
それでも、壊れていない物を平気で捨てて、
新し物と交換できる人たちの気持ちが本当に分からんとです。
いや、僕もある程度の良識は持って、ここぞ!と言う時は捨てますけどね・・。
でだ、
携帯電話なんかも一向に壊れる気配を見せない代物で・・・
僕の携帯電話はかなり前から不具合が少し有ったのだけれども、
さほど使わないので、今日まで機種変更をずっと保留してきていたのです。
僕は基本的に携帯電話というものに興味が無いのだと思います。
その証拠に僕の携帯電話は、もう本当に、気が遠くなるくらい昔の機種でした。
たしか三畳紀だったか、いや、地球カンブリア紀だったか、それともジュラ紀だったか、はたまた白亜紀だったか、まだ地球がパンゲアといわれていた時分だったか忘れたが、とにかく太古の昔に購入した携帯電話を今まで使っておりました。
僕にとって携帯電話とは、必要性を感じるから持っているだけのものです。
「車」と言うものもそうです。
昔、何かの本に書いてあったのだけれど、
「男」であるにもかかわらず、
「車」と言うものにまったく興味が無い人などいないと思います。
っと、言い切りの形で書いてあったのを思い出します。
その本は車に関する本ではありません。
それなのにそういう風に書いてあったんです。
正直いって、ビックリすると同時に「なるほど・・」とも思いました。
だって僕は生まれてこの方、「車」と言うものに、一度も興味を抱いた事がないのです。
僕は三半規管が異常に弱いという、ちょっと「かわいそうな子」の為に、殆ど全ての乗り物が嫌いです。
ついこの前も八丈島から帰ってくる飛行機が悪天候で揺れて、
あともう少しでゲゲゲの鬼太郎袋のお世話になる所でした。
そして、その本にはこう付け加えられていました。
「男なのに車に興味が無いなどと言う奴は、
よほどの金持ちか、よほどの貧乏人か、よほどの変わり者だ!」と。
だから「なるほどなぁ〜」っと思ったわけです。
かつて、「自分の車」と言う物ををまがいなりにも所有して乗っていた事はあるけれど、
僕にとって車とは、必要性を感じるから持っていたという、ただそれだけのものでした。
東京に来てからは乗っていません。
さて、
ここまでは全て前フリです。
何が言いたかったのかというと、
この度、携帯電話を変(買)えました!!
番号は今までと同じです。
皆さん、
お電話、じゃんじゃん お待ちしております!!
と言うわけで、実際にそのひょっこりひょうたん島に行ってきた。
行ったのは10月1日〜5日と、4連泊もしました。
実は7月に、「超割」と言って航空券が非常に安くなるキャンペーンをANA、JAL共に競い合って展開する事を知り、7月の時点でこの今回の10月の航空券の予約をしていたのでした。
飛行場を降りると、八丈富士がど〜んっとそびえ、アロエが生い茂っていました。
ここ八丈島では、雑草がアロエなのです。
(雑草の様にそこらじゅうにアロエが生えている。)
その時点で「南国に来た」と言う実感が湧きまくりました。
街路樹は椰子の木とハイビスカス。
最高にファンキーです。
トロピカルジュースを飲みながら、非常にシュビドゥヴァした気持ちになりました。
東京から300キロ、南下しただけなのに、
そして実際にそこは一応、東京都なのに、
完全に南国でした。
気候も違くてビックリしました。
また、写真が上がってきたら改めて記事投稿しようと思う。
先日、日記を盗み見るという事について書いたが、
ブログなんていうものは初めから人様に日記を公開すると言うものであり、
なんとも特異な文化が発生したものだなぁ〜っと思うが・・・。
このブログも、読み進めていくうちにだんだんと様子がおかしいということが分かってくるようなブログにできたら、ジョークとしては最高なんだけどな・・・。
ただ、ジョークが通じる人ばかりではないので、
いろいろと気をつけないとね。
それにしても、
昨日食った奴の足はうまかったなぁ〜・・。
何の足って?
蟹の足、イカの足、蛸の足、鳥の足、・・・いろいろあるけれど、
僕が食べた足がナンなのかって事は、
いくら君と僕が二人三脚だからって教えるわけにはいかないよ・・。
フフフ・・・。
この言葉を君に贈るよ。
人間というものは、あまり多くの現実に耐えられない。
エリオットはそう述べている。
と言うわけで、9日間に渡って、
ゲーム「バイオハザード」の中のネタ、
「ある飼育係の日記」を連載してみました。
まとめ
この飼育係の日記を読み進むにしたがって
アンブレラ社の研究所でなにやら怪しい研究が行われていた様子をうかがい知る事が出来る・・
という、ホラーにおける一つのテクニック。
昔、江戸川乱歩の「孤島の鬼」と言う小説を読んだことがあったが、
その小説の中でも効果的に使われていた手法である。
何処かの孤島の塔の中に閉じ込められている少女がいて、
その少女の日記がヒョンな事から主人公の手に渡り、
その日記を読み進めていくというシーンがある。
日記は始め、奇形児や障害者と一緒に、
生まれた時から塔に閉じ込められて生活している可愛そうな少女の日記として始まるのだが、読み進めていくうちに、どうも様子がおかしくなって来る。
この少女は、いつも一緒にいる男の子の事が嫌いで、
如何にこの男の子がムカつくか、と言う事を切実に訴えているのだが、
日記の最後の方で、塔の窓から外を歩く主人公を見かけ、
少女はその主人公の事を「か●わ(身体障害者)」だと日記に書いている。
少女いわく、
「だってあの人は頭が一つしかなく、腕が2本、足も2本しか生えていないんですもの・・・」
ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴォォォォ
ゾーーーーーーっとする瞬間である。
結局、この少女はシャムの双子で、大嫌いな男の子と言うのは自分の片側にくっついている弟なのである。
しかも生まれてこの方、「健常者」と言うものを見た事がなかったのだ。
この手法は星新一の話の中にもあったような気がする。
多分乱歩の方が先に出したアイデアなのだと思うけども、
この手法はいつの時代も想像力を持った人間をビビらせるには最高の手法と言えよう。
事実、バイオハザードの中に出てくるこの「ある飼育係の日記」も、
非常にプレーヤーの印象に残ったようで、
mixiの中でこの「飼育係の日記調の文章で書き込みをする」
というコミュニティがあるほど。
この飼育係が開発途中の新型ウイルスに感染してゾンビになっていく様を現した日記だったってわけ。
うまかっ です
2011-6-28更新
そういえばデヴィッド・フィンチャー監督、ブラッド・ピット、モーガン・フリーマン、グヴィネス・パルトロウ、そして我らがカイザー・ソゼことケヴィン・スペイシー出演の名作「セブン」の中で語られる、犯人の日記もなかなか良かったね。イカレタ変質者(偏執者?)の愚痴というか、世の中に対する罵詈雑言みたいな日記。
「ヘヘッ ザマーみろだ!」 ていう様な独特な日記。
実際の殺人鬼のウィリアム・ハイレンズが実際に現場に残した血文字も(実際には口紅で書いた)なかなか・・・。
趣があって良い・・・?
For heavens
SAke cAtch me
BeFore I kill more
I cannot control myself
↑↑↑
自分で自分がコントロールできなくて更に殺人を犯してしまうから早く捕まえてくれ!
こういう話しが好きな人は是非以下の本を読んでみると良いだろう。
そんな話が沢山載っているベストセラーだよ!
ずっと前から個人的に思っていたことをライブドアのニュースで見つけた。
(※そのライブドアニュースの内容については、
リンク切れしてしまったのでこの記事の一番下のところに転載しておきます。2011-6-5更新)
その地域に実際に住んでいる人もいるわけで、
非常に言いにくい事だと思うけど、
確かにこういう事ってあると思うし、
僕独自の見解でこの土地は良くないって場所もいろいろある。
偏見と言えば偏見なのかもしれないけど、
既にいろいろと実証できるようなデータが集まり、
そのうえ、このライブドアの記事のような見地から指摘する人もいるとなると
偏見の域を出てかなり確かな感覚なのではないだろうか。
っと思っている。
人が住んではいけない場所というのがあるのだ。
非常に狭い範囲での土地の影響と言う事でいえば、
そういう場所には神社が建てられたりしている場合もある。
人が住まないようにね。
また、厳しく言えば、
かつて三宅島に住んでいてた人などにも言える事である。
人が住むべき所ではない所に住み、
そして何度も避難する羽目になり、
その為の税金などは誰が払っていると思っているんだ!
と言うような批判も当時多くあったようである。
自業自得、初めからそんな所に住むなよ!
と言う具合に、「避難」が「非難」されたわけだ。
地理的な見地からそれが分かるところもあるが、
中には霊的な見地から言っても住むべきでない場所と言うのもあるのだよ。
美輪明宏様曰く、
京都にはいろんな怨念があるから住んではいけないとの事。
画家の横尾忠則は既に買ってあった家を、
この美輪さんの指摘により売却してしまったらしい。w
それでも人は、・・・ けれども人は・・・、
「家」を買うと動けなくなる生き物なのだろうね。
そういう頭の固さ、フットワークの悪さと言うのは元々僕は好きじゃないなぁ〜。
厳しい言い方になるが、そういう所に住んでいる人って言うのは
動物的な感の悪さもあるのだろう。
先日書いた極楽とんぼの山本の記事の件についてだけど、
結局その後、いろんな人がブログで話題にした為に
すぐにアクセス数は減った。
やっぱりSEOって難しいね。
でも今の時代、
SEOを制す者が世界を制す!!
と言ったら大げさだけど、
それくらい重要性がある気がする。
つーかSEOって何?
と思っている人は、是非下の続きを読むという所をクリックしてみてください。
↓
続きを読む以前、静岡にて、
仕事場の人で沖縄出身の人がいて、
その人が
「内地の人はよくこんな暑いの耐えられるなぁ〜」
と言っていた。
そうなのである。
静岡は温暖な気候で有名だが、
温暖と言うよりも、フェーン現象というような状態が慢性的におき、
夏は地獄の暑さ、蒸し器の中の様な暑さがある。
それこそ沖縄よりも暑いのである。
昨日のニュースでも最高気温が静岡県の天竜で38,2度を記録。
暑がりな俺はそういうニュースを聞いただけでもうんざりする。
静岡の方言で言うなら「馬鹿あちぃ」
東京も負けず劣らず暑いがね・・。
ただそれが言いたかっただけ。
別に温暖化を食い止めよう!
と言う流れに持っていくつもりは無い。
ヤンキースの松井が腕を骨折した時の動画を偶然見かけたのだけれど、
ほんとにポッキリ逝っちゃってるね。
かつてK−1の試合でニコラスペタスがすねの骨を折った時みたいにほんとにポッキリ折れてグニャングニャンのブランブランって感じでちょいキモかった。
亀裂骨折ではなく、本当にポッキリ折れちゃった時って独特の気持ち悪さがあるよね。
ゾッとするって言うかなんていうか・・・。フフフッ・・。
競走馬の足が折れちゃった時ですらなんかゾッとして、
それでいてどこか感慨深いものがあるもんね。
スポーツ選手に怪我は付き物とは言うものの、
流石にあそこまでポッキリ腕が折れちゃうって言うのはいくらスポーツ選手と言えどもめったにない大怪我と言わざるを得ないだろう。
松井のこれまでの人生において、
こんな大怪我を負った経験は無かったのではないか?
松井は今、どうしてそんな事になったのかと、
いろいろと自身の中で思いを巡らしている事だろうと思う。
いや、彼の事だから意外と何にも考えていないのかもしれないが・・。
とにかく、短い現役生活を余儀なくされるスポーツ選手にとって、
今回の怪我は本当に大災難なんだ。
けれども、今までに積んでいる物が大きいし、沢山あるから、
それだけで全てが破綻すると言う事ではないが、
人が思っているよりも大きな事だと思う。
何故他の選手ではなく、松井がその様な事になったのか、
骨折した際のプレーに松井の技術的な落ち度はない。
何故イチローではなく松井なのか?
この怪我によって、いったいどれ位の人がどれ位の損失をこうむるのか?
勿論、松井自身が一番大きな損失をこうむる形となる訳だが、
(略)
とにかく何が言いたいかというと、
結局、どれだけ積んでいるか?
と言う事が凄く大事なんだよな、この世界って。
例えば1000万円の損失を普通の人が出したら次の日には首をくくらなけりゃならないけれど、
沢山積んできた人、つまり簡単な話お金持ちだったら同じ1000万と言う損失を出しても、
「まぁしょうがないよ」
で済ます事もできる。
積むためにはどうするか?
常勝するしかない。
松井だって高校時代、いや、もっと前から常勝して来たのだ。
どうやったら常勝できるか?
それは・・・。
こういう事なんじゃないかな〜って言う仮説が僕の中にあるが、
ここでは伏せておこう。
さて、長い前フリになったが、
松井は「ゴジラ」という愛称で親しまれているが、
ヤンキースのチームメイトの間では
「シェンプハワード」
と呼ばれているらしい。
これはアメリカの古いコメディアンで、
「サミュエル・ハワード(シェンプ・ハワード)」
という人物が居たのだけれど、
その人物に松井が似ている為、らしい。
そこでこのSamuel Howardなる人物の写真を見た。
久しぶりに吹いたよ。
テラワロスってやつだ。
以下のリンクがサミュエルハワードの写真
http://en.wikipedia.org/wiki/Shemp_Howard
コラム 心にひっかかる松井のけが
http://www.sanspo.com/top/am200605/am0515.html
以前書いた「近所のケツァール」の事だけど、
それはホンセイインコの別亜種で元々はインドやスリランカに生息する鳥で、
1970年代に世田谷区近郊で野生化した鳥なのだそうだ。
これは結構有名な話らしく、世田谷近郊の名物なのだそうで・・。
僕がケツァールと言って愛でていたのはこのホンセイインコか
世田谷区の区の鳥に指定されている「オナガ」との事。
なぁ〜んだ・・。 ふ〜ん。
他のブログを見ていて偶然知ったッス。
左はオナガ 右はホンセイインコ
どんな世界でもその人がその仕事にやりがいや喜びを自然に見出していて
更なる向上を常に考え、物事を吸収しながらその仕事をやっている場合、
お客さんも自然にその熱意に感応し、良い結果をもたらしていく。
共鳴現象と言えば共鳴現象と言えるのだけど、
そんな難しい概念を持ってこなくてもわかる極当たり前の事だよね。
でも世の中には運と言うものがあるし、その仕事をする事になった『縁』のみで、惰性で自分の職務に従事していると言うケースも日常の中で多々見られる。
社会の底辺と言われてしまうような職業、誰でも就職できてしまうような大型募集の職業、
そんな業種、職業に就いている人は尚更そういった『惰性』での就業をしてしまい勝ち・・か?
単純な話だけれど、やはりどうせやるなら自分の仕事に誇りとかを持ちたいものだ。
けれども自分はともかく、普段、人がその様な「やっつけ仕事」をしているとやはり良い気はしない。
他に競争が無く、たいした工夫も無いがそれなりに食べていけるだけの売り上げなんかがあるともう手におえない。
地方に行くとそんな店ばっかりだ。
どんな仕事でもプロ意識っていうのは美しいよね。
ただのウエイターっていう職業だってフランスあたりでプロ意識を持ってしっかりとやっていればそれは立派な
「ギャルソン」と言う格式の高い職業になるし、ウエイターに水をついでもらうよりも、同じ水でもギャルソンについでもらうほうが良い。
でも世の中にはそういう微妙なところに気付く奴と気付かない奴がどうしてもいる。
気付かない奴は言われた事をただこなせばよいと言う「指示待ち人間」として
それに見合った職業に就いていればよいのだと言ったら差別的だろうし、
それに実際には世の中そういう風には出来ていない。
そういう風には出来ていないが、高い意識を持ち続ける事が出来る人であれば、いつかはやはりその人の意識に見合った立派な部署に行く事になるんだろうとは思う。
そもそもそういう人ってなにやっても上手いし気が利いて仕事が出来る人なんだよなぁとも思う。
以下、ダウンタウンのまっちゃんの言葉を抜粋。
この人って過剰なところがあるけれど、どこか末っ子特有の考え方で凄く分かる部分がある。
こう言ったらナンだが、まるで「自分そのものか?」
と思うほど、僕が考えていた事と同じ様な事を考えていて共感する時が多々ある。
対談してぇ〜(笑)
ほかの世界でも、そうですよ。努力してないなって思う時多いですよ。
たとえば、タクシー乗って、道知らんかったり。考えられへん。そこがお前の命やろって。
それとか、食いもん屋行くでしょ。まずいとこあるじゃないですか。びっくりするよねー。
食いもん屋やってて、カネ取っててまずい。 わからん。
笑いなら、わかる、わからんっていうのあるかもしれんけど、人間の味覚って基本的には一緒やねんから、
オレが食うてまずいもんは、やっぱりまずいと思うねん。
お前もオレと同じ味覚持ってて、なんでこれを平気で出せてんのか。
まあええわ、みたいなことなんでしょ、きっと。
客もそこそこ来るし、まあええわーって。そんなら、おまえの存在理由はなんやねん。
だからオレ、この世界で成功したけど、もしかしたらこの世界じゃなくても、
そこそこ成功してたんちゃうかなーってチラッと思うね。
ファッション、デザイン系の専門学校にかつて入学しようと思い、
いろいろ調べたことがあったが、(遠い昔)
デザイン系の専門学校の就職率は断然、桑沢デザインが強いらしい。
就職率のトップは桑沢。
次いでバンタンと文化服飾が同じ位で2位なのだそうだ。
(確かな情報ではないので確かな事は言えないが・・)
やはり就職率が良い最大の理由は先輩が良いからなのだそうで・・・。
今となってはどうでも良い話か・・・。?
馬鹿みたいな話だけれど、
いまだに俺の中ではバンタンとかってなんか憧れ。
アントワープとかとは違った意味での憧れ。
専門学校桑沢デザイン研究所
新しくPCを買った。
今まで見たこともない最新モデルだ。
SONYと富士通の合作なのだそうだ。
お店の人の話によると、今までのノートパソコンの機能をそのまま使えるとのこと。
家に帰って早速使い勝手を試してみたが、なるほど、まるで今までのPCそのままの様な動作である。
問題なのは、今までよりも少し取り回しが利かなくなったという事。
しかし、6千円という、破格のシステムなので、あまり細かい事は言いっこなしだ。
たった6千円で新しいパソコンに買い換える事が出来るとは思っていなかったので、
本当に得した気分だ。
・・・・・。
しかし、今までのパソコンの不具合もそのままであり、・・・・。
俺騙されてないよね!?
こんな記事を見つけた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060319-00000007-mai-soci
年間9000人以上の重症救急患者が、
最初に運ばれた病院では対応できずに
別の病院へ転送されていることが消防庁のデータで分かった。
政令指定都市などのデータからは、
こうした患者が年間10万人以上に達する恐れも浮かぶ。
なんだとさ。
酷い話だと思う。
数年前、実際にうちのオトンがこうした状況になった事があって、
こういった事はなんだか見過ごせない。
あの時は救急病院から救急車を呼んだ。
良く考えても見ろ!
ナンで救急病院から救急車を呼ばなきゃならないんだ?
人の生き死にや健康に関わる事が、もし、なんらかの損得勘定でこういった状況になっているのだとしたら本当に酷いシステムだと思う。
恐ろしい体たらくぶり・・・。
幸いうちのオトン、現在はピンピンしているけどね。
写真はいつものジョギングコース。
毎朝、・・・と言うわけではないがジョギングをしている。
これは静岡時代も少し実践していた事。
しかし東京はどこで走っても犬の糞がやたらと目に付く。
これほど長い年月、犬の糞に関するマナーと言う物が叫ばれてきたのに、
どうして未だにそのマナーが守れない人が多いのだろう?
せっかくジョギングで気持ちの良い汗を流そうって言う時に、
まったく・・・気分を害するよね。
ただし、公園やいろんな場所にある注意を促す張り紙と言うものも僕は嫌いだ。
「ここにゴミを捨てないで下さい!!」
「美観を守ろう!」
と、内容はどうあれ、皮肉にもその張り紙が一番、美観を損ねている様な気がする。
この張り紙、看板さえなければよい風景なのに・・・と思うことがよくある。
それでも実際に必要以上に汚す人が居るから、そういった張り紙があるのだろうけど、
張る人も少しは考えて欲しい。
張る人のセンスと美意識を疑う。
極端に行ってしまえば、張り紙を張った人も同罪だと思う。
それにしても朝ジョギングをしているなんて、ちょっとセレブっぽいよね?
まあ、本当にセレブなら犬の糞だらけのコースで屋外でジョギングなどしないのだろうけど・・・。
セレブが屋外でジョギングするのは海外のイメージか?
それにしても、よく言うジョギングやマラソンで言う所の、いわゆる「ランニングハイ」というナチュラルトリップ(ナチュラルハイ)の事だけど、
結構簡単に味わう事が出来る。
始めは鉛の様に重い自分の体が、それでも耐えて走り続けていると
いつしか羽の様に軽く感じ、呼吸も苦しくなくなり、まったく疲労感と言う物がなくなる。
そしてその状態でどこまでも走っていけるようになる。
始めは呼吸が苦しいのがマラソンの常だが、
その境地にまで達すれば足関節や筋繊維がぶっ壊れるまで、基本的には走り続ける事が出来ると思う。
嘘だと思ったら試してみな。
こういう張り紙ムカつく。
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