都会のコスモポリタンと田舎の原住民の話

 そう言えば単純な話、
 日本でSNSのアカウントを持っていて活発に発信している人はどれくらいいるのだろうか?
 特に、「自分のサイトやブログを持っていて定期的に記事更新している人」はどれくらいだろうか?
 更に、自分でWPを使ってサイトを作れる人ってどれくらいいるのだろうか?

 その他、YouTubeチャンネルを持っていて、半年に1度は新動画を投稿している人はどれくらい居るだろうか?意外と少ないのでは?

 他人が発信した物を見る人はそれなりに多いとは思うが、それすらも"たまに"だし、自分が発信する側になっている人は現在でもまだ少ないというか、この%は案外変わらないのではないか?と。

 一切、若しくは1カ月に1回もネット上のコンテンツを見ない!という人だっていっぱいいると思うのだ。特に老人や地方のマイルドヤンキーとかは。 

 この考察の初めはそんな所から始まった。

筐体は76年製、OSはWindows 11

〜地方の「自覚なき原住民」と六本木ヒルズのCビーム〜

 田舎に残り続けている彼らを見ていると、ふと思うことがある。彼らは「一度買えば壊れるまでずっとそのバージョンのまま動いている家電製品」のようだ、と。
 一方で、都会に生きるある種の人間や芸能人は常に最新のシステムへ「アップデートされ続けている」という表現が実によく当てはまる。

 私の筐体(外殻)自体は1976年製と、もうそれなりに古い。しかし中身のOSはずっとアップデートを重ね、今や「Windows 11」で駆動している自負がある。
 逆に言えば、田舎の人間はアップデートなんてしないし、できないし、していない。彼らの脳内OSは今もWindows 75や74のままで固まっているのだ。

 考えてみれば私たち1976年生まれの世代こそが、「人間的、脳のOSを更新する」という概念を初めて獲得した最初の世代なのではないだろうか。これを読むあなたはそもそも所謂「76世代」という言葉があるのをご承知だろうか?この「76世代」はちょっと変わっている所があるのだ。
 もちろん、生まれた年(製造年)だけの問題ではない。1992年生まれであっても、20代で思考を止め、常時接続を切断して「Windows 92」のまま思考を化石化させて暮らしている若者など都会にもいくらでもいる。

 ただ、これが「結婚」したり「子供」や「孫」ができたりすると途端にOSのアップデートの道は物理的に塞がれてしまう。家族という、絶対にバグを起こせない巨大なレガシーシステムの保守運用に脳のメモリを100%占有され、時代の最先端と繋がる常時接続のケーブルを引き抜いてしまうのだ。私や、私の2歳上の兄が独身のままここまでアップデートを続けてこられたのは良くも悪くもそうした重荷から解放されたスタンドアロンな個体だから…というところもあるのだろうが。

 ちなみに私の兄のアップデートの仕方は、私とは違って面白い。
 兄はPCを持たないしやらない割に、「YouTubeの動画は全部見た!」という持ちギャグがあるほどにはスマホ経由でネット文化やYouTuberに異常に詳しい。多感な時期にBOOWYなどの昭和ヤンキーロック文化に染まっていた男が、今はBABYMETALやマキシマム ザ ホルモン、マンウィズの追っかけをやっている。

 システム(OS)の総入れ替えはしないがお気に入りのエンタメを受容するためだけに特定の機能だけをピンポイントで令和仕様に換装している。まるで佇まいは昭和レトロな古い自動販売機なのにコイン投入口の横にだけ「新紙幣・新500円玉対応済!」のステッカーが貼られている、あのまだらな魔改造感。あれも一つの地方における器用なアップデートの形なのだろう。

 だが、世の中にはその「アップデートの機会」すら完全に奪われた「歪んだ密室」が存在する。

 最近、SNSのトラブルから女子高生を橋から落として殺害した内田梨瑚の事件(懲役27年求刑)が話題になった旭川などがその筆頭だ。ネットでも「旭川は地方のマイルドヤンキーを凝縮したような土地」と地政学的に考察されているが実に見事な分析だと思う。
 旭川は、人口が30万人以上もいる大きな街なのに、内陸の盆地で人の流動性がなく、地理的に孤立している。なまじデカい街だからその中だけで生活が100%自己完結してしまい「そこだけの小国家」のようになって先祖返りを起こしているのだ。

 これと同じ罠は、私の故郷である静岡にも言える。
 静岡は完全に首都圏から離れているのに、なまじ新幹線で東京に近く、気候も産業も恵まれているから自分たちが孤立したり遅れたりしているという実感や危機感が生まれにくい。
 結果として、自分たちが「完全に田舎者」であるという自覚が薄いのだ。

 なまじ都会的だったり人口が多かったり身近にスタバや都会のチェーン店があったりすると、人間は「まさか自分たちの考え方が遅れている」とは露ほども思わなくなる。すると自分たちの内輪のルール(田舎の原始的な精神)を顧みることなく躊躇なく全開で推し進めてしまう。それで実際に地元では生活が回ってしまうからマイルドヤンキーが世界の中心のような顔をして跳梁跋扈する。その傲慢さと閉塞感が極限まで煮詰まり苛烈に至った終着駅があの旭川の事件なのだ。

 私は18歳の時に東京の専門学校へ行くために練馬に居を構え、世田谷のボロアパートに移り、何もかも上手くいかなくなって一度静岡に都落ちした。
 そこから5年間、地方の窒息しそうな閉塞感を味わい、22年前、「死ぬにしても静岡ではなく東京で死にたい」とすべてをかなぐり捨てて再び世田谷へ引っ越した。そこから埼玉、千葉の習志野を経て、今の横浜へと移り住んでいる。

 ふと計算してみて、自分でも驚いた。
 私が静岡で暮らした期間は都合23年間だ。
 それに対して外の荒野で戦い彷徨ってきた期間はすでに27年。
 主観ではいつまでも地元の影を追っていた気がしていたが数字は残酷だ。私はもう、人生の過半数を外で過ごし、名実共に「静岡の人」ではなくなっていたのだ。スタバのカモフラージュに騙されず、地方の初期OSの異常性を外側から冷徹に解剖できるようになったのも当然のことだった。

 今の私は都会の片隅で日々不条理な現実と泥臭く戦っている。未だに敗走戦を繰り返している。まるでフィリピンの戦地に残された小野田少尉の様だ。
 地元の貧民窟で生まれ育ち、今も初期OSのまま固定された「土着の民」から見れば、私が歩んできた流転の人生も、これから目指す野心も、きっと想像すらできないSFの世界なのだろう。

 しかし、私は実際に、1階の防災センターで入館証を貰う列に並び、六本木ヒルズのビジネス棟37階にあるグノシー本社へ商談のために行ったことがあるのだ。

 アフリカ出身のスーパーモデルとか、アフリカの貧しい村出身のサッカー選手がバルサとかアーセナルとかに所属して都会の億万長者になるも地元に寄付したりする例がよくあるが、今となっては私はあの人達の気持ちが少し分かるというか。
 生まれも育ちもその村の人たちと同じだが、現在ではもう、その人は都会の最先端を生きていて脳の中身や見てきたもの、経験値は全然違う。別人種みたいな感じ。

お前たち田舎者、マイルドヤンキーたちには信じられないような物を俺は見てきた。
オリオン座の近くで燃える貨物船や、タンホイザーゲートにかかるオーロラと瞬くCビーム、六本木ヒルズの37階にあるグノシー本社で働く美しいOL。

そういう想い出も、やがては消える。
雨の中の涙のように。

時が来れば、俺も死ぬ。

――だが、私のOSが最新である限り、その輝きはまだ、この脳内で青白く燃え続けている。